困っている人に施しをする老人のイメージ画像

情報があふれる現代では、何でもそのまま受け入れるのではなく、自分なりに情報を取捨選択し、冷静に判断する力がますます大切になってきていると感じます。
より良い社会を実現していくためにも、そのような理性的な姿勢は欠かせないものではないでしょうか。

しかし一方で、社会の問題や情報の複雑さばかりに目を向けていると、「自分に何ができるのだろう」と無力感を覚えてしまう方もおられるかもしれません。
そのような時に見つめ直したいのが、「人の役に立つこと」の大切さです。

今回は、仏教の「布施」という考え方や、聖書の言葉、そしてシルバーバーチの霊訓にも通じる「貢献」の価値について考えてみたいと思います。

布施とは何か

仏教でいう「布施」とは、簡単にいえば、人に与えること、施しをすることを意味します。
仏教用語としては、代表的に「財施」「法施」「無畏施」の三つが挙げられることが多いようです。

  • 財施:お金や物など、形のあるものを人に与えること。
  • 法施:仏法や道理を伝え、人の心の支えや生き方の助けとなること。
  • 無畏施:不安や恐れをやわらげ、安心を与えること。

このように見ると、布施は単にお金を差し出すことだけではなく、人のためにできるさまざまな行為を含んでいることがわかります。
その意味では、自分の身体を使って人の役に立つことも、広い意味で尊い実践の一つと考えられるのではないでしょうか。

お金がなくても人の役に立てる

布施という言葉を聞くと、「自分にはそんな余裕はない」と感じる方もおられるかもしれません。
けれども実際には、誰かの話を丁寧に聞くこと、困っている人に手を差し伸べること、不安な気持ちをやわらげることもまた、人の役に立つ大切な行いです。

特に現代は、インターネットを通じて、誰もが自分の経験や考えを発信できる時代になりました。
もちろん発信する内容には慎重さが必要ですが、誰かの心を励ましたり、人生のヒントになる考え方を分かち合えたりする機会は、以前よりも大きく広がっているといえそうです。

宗教を超えて語られる共通の教え

「人の役に立つことの重要性」は、仏教に限らず、様々な教えの中で説かれています。例えば、キリスト教の聖書には次のような言葉があります。

人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。

マタイによる福音書 7章12節

この言葉には、自分がしてほしいと願うことを、まず自分から人に向けて行うという大切な姿勢が示されているように思われます。
宗教や思想の違いを超えて、「人のために生きること」が尊いとされてきたことがうかがえます。

シルバーバーチの言葉が教えてくれること

また、私たちが学びの参考にしている『シルバーバーチの霊訓』の中にも、人の役に立つことの大切さが繰り返し説かれており、次のような一節があります。

いかなる立場の人間にも人のために為すべき仕事、自分の霊性を高めるべき好機、霊の成長を促進するための機会が与えられるものです。有徳の人や聖人君子だけが与えられるのではありません。

シルバーバーチの霊訓(三)p201

このような言葉に触れると、立場や年齢、経済力に関係なく、誰もが何らかの形で人や社会に貢献できるのだと思えてきます。
それは、無力感をやわらげ、生きる力を取り戻す助けにもなるのではないでしょうか。

人生100年時代に大切にしたいこと

人生100年時代といわれる今、年齢を重ねることそのものよりも、目標や希望を失ってしまうことのほうが大きな問題なのかもしれません。
この世を旅立つその瞬間まで、自分なりの形で誰かの役に立ちたいという思いを持ち続けることは、人生をより豊かにしてくれる大切な支えになるように思われます。

人の役に立つことは、決して一部の立派な人にしかできないことではありません。
日々の小さな親切や思いやり、学んだことを分かち合う姿勢の中にこそ、その第一歩があるのではないでしょうか。


【お知らせ】 九州和の会では、こうした思想について共に学び、心を深める例会を毎月開催しております。6月の例会については、以下の案内をご覧ください。

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